日本の芸。知って、触れて、好きになる。

講談とは?

講談とはどんなもの?

 

絶滅危惧種と呼ばれていた講談

近年メディアへの出演はもちろん、経済メディアでのインタビューや、講談をテーマとした漫画「ひらばのひと」の出版など、活躍のめざましい話芸、「講談」。
その勢いはすさまじく、影響は講談のみならず、伝統話芸復活の立役者となっているといっても過言ではないでしょう。
 
講談とは、軍記物語をはじめとした、歴史的なお話を読んで語る芸です。
当時、講談師の役割は芸能のみにとどまらず、今で言うテレビ、ラジオ、ジャーナリズムの役割もおっていたとされています。
 
 

まさに、日本人と共に、現在まで生きてきた芸能!

実は、数年前まで、講談は「絶滅危惧種」とまで言われていました。
テレビやラジオの普及によって、だんだんと触れる機会は少なくなってゆき、下火は今日まで100年つづいたとされています。
しかし、それでも決してなくなることはなかった講談。
情報を伝えるコンテンツとしてだけではない、芸能としての魅力は、代替えのできないものです。
 
講談の歴史は古く、落語や浪曲よりも遥かに遡ります。
始まりは実はいまだよくわかっておりませんが、武家方からはじまった学術的な語りが、次第に芸能化していったとされまています。
今日の勢いを裏付ける、何百年にわたって積み上げられたものなのです。
 
 

落語や浪曲のネタには、講談からもらったものが数多くあります

 

 

そもそも講談とは?

 

他の演芸と講談とはどう違う?

よく、落語と混ざって覚えられてしまうことが多い講談。
たしかに、似ているところや、同じネタをかけることも多くあるでしょう。
しかし、実際に見てみれば、上演のスタイル、話の内容、たとえ同じ話でも違う芸だということがわかるでしょう。
 
まず上演のスタイルですが、落語家は扇子と手拭いを持ち、座布団一枚に座ります。講談師も扇子と手拭いを持ち座布団に座りますが、さらに「釈台」という小さな台を置き、「張り扇」と呼ばれる道具をつかって、ポンポンと調子をつけて釈台を打ちながら物語を読みます。
 
また、落語が「話す芸」と言うのなら、講談は「読む芸」といえるでしょう。
落語家が、物語を登場人物になりきって表すのに対して、講談師はト書きで物語を説明します。
 
主に昔からある伝記などを読み物としています。
講談の全盛期と言われている幕末、すでに出版文化はありましたが、まだ字の読める人が少なく一般人には難解でした。それを、講釈師が、まるで見てきたかのように面白く解説しながら聞かせることで、教養にもなり娯楽にもなったのです。
 
江戸には800人の講釈師がいたとされ、そこで芸が研磨されていきました。
はじめ、講釈師は釈台に読む本を置いていましたが、それが次第に無本になり、身ぶり手振りを加えて上下を振りながら男女の声色を変えたりを工夫がされていきました。
単調なリズムだけにならないように、「修羅場調子」(ひらばちょうし)呼ばれる、七五調を取り入れた読み方を確立したりと、日本人に適した「読む芸」が極められていきました。
 
 
ざっくり!講談の歴史

 

歴史は古く、武家から誕生した

 

 
講談のはじまりは、実はまだはっきりとわかっていないところが多くあります。
そのルーツも何説もあり、公的な記録には、徳川家康に「太平記」や「源平盛衰記」を読んだ赤松法印(あかまつほういん)という人物が講釈師の元祖であると残っています。
 
南北朝の争いを書いた「太平記」を読むことを生業にした人々を「太平記読み」と呼び、かつて戦国大名には専属の太平記読みがいました。
 (ちなみに、専属で話し相手をする「お伽衆」(おとぎしゅう)は落語の先祖と言われており、ここも講談と落語の似ているところです)
その太平記読みが、時代の流れと共に、軍事の内容をわかりやすく説く「軍事講釈」と、混ざりいいとこだりをして、講談の原型が生まれます。
江戸時代には、失業した武士がこれを聞かせて生業とする「辻講釈」が誕生し、町民の間でひろく流行します。
 
別の説では、ルーツは説教師であったというものや、秀吉のお伽衆のなかから生まれたというものもあります。また、豊臣の残党が戦の模様を語り、道ゆく人に投げ銭を求めたという説もあります。
 
 

いずれにしても、武家方から生まれた芸能であることは間違いないでしょう。

その武士の名残から、講談師を呼ぶときは「師匠」ではなく「先生」となります。

 

 

さいごに

かつて、「本牧亭」という、講談専用の定席がありました。
戦後も講談定席を守ってきた本牧亭ですが、残念ながら平成2年に閉場しました。
定席という場所をなくし、伝統芸能から足が遠のく今日まで、芸を残すと言うことは非常に困難な道であったと思います。
 

いままで芸を守ってきた講談時が、注目されてきていることは本当にすばらしいです・・・!

何百年とつづく芸のもつ力と、現在を生きる講談師の高座を、ぜひ高座で聞いていただきたい、大注目の演芸です。